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蟻を食べ、そして抹殺。 
私はマレーシアにきて何千、いや何億の蟻を殺してきただろう。

そして私は最近小蟻を誤って食べてしまった。
誰かから聞いたけど蟻は食べると甘いらしい。

うう~~ん、マレーシア産の蟻は無・・・

しかしそんなことも気づかず麦茶と一緒に飲み込んだ。
朝起きて昨日の麦茶を飲もうと思って飲んだら口の中で異物発見、手に出してみると蟻の水死体があった。なんてこった~~~、、、朝は暗くてその蟻の存在に全く気付かず・・・

ま、前の日の麦茶を飲むなって話ですけど。

そんなおちゃめな私。

最近イングリッシュの学校に通ってる私。

まったく上達しない私。

今度日本のラジオNKHに出ます。ははは

3月15日土曜日です。それも早朝です。

ここから聞けないんだな~誰か録音よろしく。

今その台本とやらに追われてる私です。

そろそろ全国でびゅーです。

「ちょーーー」とか「だって~」って喋ったらだめだよっと耳にタコができるほど言われました。

わかってます、そんなことしたらNHKから追放です。むしろ日本からバッシングぅ~

てか何で私???

ま、詳細決まったら連絡します。

私のチン発言にこうご期待。

さ、今から日本語のべんきょうだ~い。



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Choice and Dicision myself 
ここ最近「自分が何をしたいのか・・・」を自分に問い続けた。

私はこのマレーシアで何を目的に何を達成させたいのか、考えさせられた。
自分の動機が不十分だったのかもしれない。
だた海外で生活してみたかっただけなのかもしれない。
興味本位で来てしまったのかもしれない。

自分を責め、そして悩み続けたここ3週間。

やっと自分の中で応えが出た。
このブログに書くのはどうかと思うが自分のけじめのために書きます。

発端はカウンターパートの一言だった。
「かなえもう一年続けられるか??」
私は素直に嬉しかった。認められた、このMABに、というかカウンターパートに。

でも出てきた言葉は
「考えさせてください。私は1年のつもりでここにきた、MABの後も自分なりに考えている」

実際そうだった、20-1次隊の中で私たったの一人「任期1年」
赴任した当初から1年後のことを考えていた私。

でも1年後のことを今から考えても進まない。1年でできることを精一杯やろう、ただそれだけを考えて今までやってきたつもりだ。


JICAの人たちに相談した、いっぱい話した。やっぱり人によって考え方は違う。
そして、私の後任の話もそこで聞いた。決まったのだ。

シニアボランティア柔道隊員9月来馬2年派遣。その後任の存在も気になった。

私には4個の選択肢があった。

①1年そのまま続行(一時帰国は認められない)

②6月に帰国し短期隊員としてマレーシア(MAB)に戻ってくる

③10月まで延長し後任に引き継ぎも兼ねて延長

④6月ですっぱり帰国

選択肢がこれだけある、贅沢な悩みだ。

しかし、いろんな人と話をしても最後の結論は自分がどうしたいか。っってことが一番大事。
私は④を最終的に選んだ。

自分なりに精一杯悩んだ結果だ。
後任がいなかったら、短期隊員として戻ってきただろう。なぜならMABに隊員は2人もいらない。
コマ数が限られてる中で2人の隊員が同時に活動をしたら、宝の持ち腐れ、思う存分お互いが活動出来ない気がした。

カウンターパート(CP)とも話をした。
CPの考えはこうだった。
・スポーツ選手の強化。
・新しいスポーツの導入。
・プロフェッショナルの育成。

CPがこんなことを考えてただなんてダメージを受けた。
私の能力でプロフェッショナル選手を育て上げることは不可能だった。
新卒あがりのぺーぺーができるわけもない。
だからCPは前々からシニアボランティアが欲しかった、前から申請してたわけだ。
なんとなく考えがわかった。CPと腹をわって話せた気がする。

私の考えも一応伝えた。
・草の根レベルのスポーツ、体育普及
・女性スポーツ選手の育成
・体を動かすことの楽しさを伝える

私はこのことを目的、伝えようとして活動を続けてきた。
今までやってきたことは決して無駄ではない、そう自分に言い聞かせた。実際CPの考えと自分の考えに差はあったが、私の中でCPの存在は大きな支えになっていた。とても感謝をしている。
実際私の活動を応援し、援助してきてくれたのはCPだ。

私は6月で帰る決意をした。このCPとの話ができていなかったら今でも悩んでうじうじしていたのかなって思う。

あと4か月だけど、自分を止めないで前に進んで行こうと思う。

それで、もっともっと障害者スポーツを勉強して今の自分には出来ないことをここでまたやってやろうと思った。
パラリンピック選手だって、今までになかった新しいブラインドスポーツだってばんばん広めてやろうと思った。
力量のない自分に悔しい思いをし、また自分を奮い立たされた。

なんか自分の将来ビジョンが少しづつだけど建てられてる気がした。

ここまで読んでくれてありがとう。
帰国後はまだ決まっていません。
日本に帰ったら小須田佳苗を迎えてやってください。

なんかもう帰るみたいな感じになっちゃたけどまだまだありますよ~~
ま~~けじめつめました!!自分!!ってことで。

ばいちゃ!!






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